八ヶ岳 「ペンションあるびおん」の日々 : カテゴリー : 御柱祭

カテゴリー : 御柱祭

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May 10, 2010

諏訪大社 御柱祭 下社 建御柱


 昨日は御柱祭の最後の下社・建て御柱。
お客様のチェッ クアウトを終えて、主人はお客様を観光ガイドへ。私はお泊まりのお友だちを御柱にご案内。
遅い出発ですから、もう一〜三の建御柱が始まっており、秋宮の境内は人でいっぱい。入っても人垣で見ることができません。残る最後の「秋宮四」の御柱はまだ鳥居の前。これを少し曳かせてもらったところで曳行もお昼休み。お昼は屋台の佐世保バーガー。本当は木落の時のケバブ屋さんを探したのだけど、見あたらず残念!
   
   
お昼の間も気合いを入れたり盛り上げるためにラッパ隊や、木遣りなどがあり、御柱ムードが高まります。


1時30分の集合に会わせてまた綱に戻りますが、いよいよ境内に入るので、皆さんしっかりと自分の小綱に繋がって、私たちが曳かせてもらうところはありません。でも親切なお兄さんや女性の方のおかげで、めでたく曳行に参加できました。
今年は悲しい事故もありましたが、参加してみて木落や川越しだけでなく、建て御柱も危険と背中合わせと言うことを実感しました。綱を曳いて鳥居をくぐりますが、狭くなるので2本の綱と綱がくっつきあうほど押し寄せて、人もひしめき合うようになり、足元は階段で、ひとたび転んだら押しつぶされてしまいます。小さなお子さんも前にいるので、押してしまったら大変です。手前の秋宮一の御柱は最大の大きさだけに、慎重に慎重にワイヤーやロープの点検を行った為、予定より3時間も遅れ、2時30分頃まだ横になっている秋宮一の御柱の脇を秋宮四の御柱が曳行されるという珍しい光景となりました。

    秋宮一の横を行く秋宮四の曳行に秋宮一の氏子も「ヨイヤーサー」と声援を
ですから境内は人人人で凄い状態です。更に四の御柱は裏手まで曳くのでこれまた大変です。最後の細いところは危険なので女性と子どもは綱を放し、男性だけで通します。

      秋宮四の御柱が綱を放した女性や子どもの目の前を通っていきます。
御柱が通る間も人と人がひしめき合うように押しくらまんじゅう的状態で待ち、御柱の後、女性も奥へと入っていきますが、ここでももう入れるな、いや入れなければどうしようもない・・・と言う意見が飛び交い混乱。私の所で入れる人と入れない人が別れてしまい、お友だちのご主人は綱を曳いて先に入っているし、私はその後入っているし・・・残された友人は外を回ってどこかに来ているらしいけれどもうバラバラです。でも今は携帯があるから何とか連絡がとれ助かります。
切羽詰まったこの臨場感は参加してみなければ分からないもの。つまずくことなく、無事ついてゆけて私は御柱を立てる穴の真ん前にたどり着いていました。

ここからが建御柱。位置を整えたら、曳いてきた綱を外し、木遣り、挨拶、神事とセレモニーが延々と続きます。周りの人に聞くとこれから2時間はゆうにかかるそうです。
             
見ている裏手ではワイヤを掛ける人達がその時を待っています。更にワイヤーを掛けて本格的建御柱の始まりです。きっと暗くなるかも知れません。

暗い林の中は段々冷えてきて、雨もポチポチ降ってきました。一緒に来たお友だちも心配です。連絡を取り合ってやっと合流できました。
周りでは秋宮一、秋宮三の御柱がドンドン建ってゆきます。今日は皆さんしっかりと安全ベルトをしているようです。高い木の上で両手を放しておんべを振ったりするのですから大変です。どうかすべて無事終わりますように。
   
            秋宮一の御柱はほぼ垂直になりました。
   
事故にあった3人の「御幣(おんべ)」を託した秋宮三の御柱も大夫上がってきました。

10日朝になって、秋宮三の曳行(えいこう)長川島泰武さん(72)に、転落した氏子3人の友人たちが「3人の思いを遂げさせたい」と、氏子が柱の上で持つ「御幣(おんべ)」を託した。
 川島さんは当初、事故には触れずに建御柱を行おうと考えていたが、友人たちの強い要望を受け、転落した3人分の御幣を立てることにした。
 最先端に乗る予定だった氏子は先頭から3人分を空けた位置に。川島さんによると、事故を受け、柱に乗ることを辞退した氏子も6人いたという。
以上YOMIURI ONLINEより抜粋
           最上部3人分は「御幣(おんべ)」が立てられています。

 素晴らしい御柱祭を見て体験して、今日も大満足。これで2010年の主となる御柱祭も終わりですが、地元ではまだまだ色々な行事があり、また小さなお宮にも地域地域で御柱を立てたり、この一年御柱祭は続きます。
山梨県須玉でも御柱祭があるようです。次の時はこちらも見てみたいです。
最後は新鶴で塩羊羹や和菓子を買って、ペンションに戻って今日を振り返ります。

Apr 09, 2010

御柱祭 下社 春宮四の木落し

 いよいよ今日から下社の御柱祭の始まりです。今朝は早朝から棚置場(たなこば)に氏子さん達は集まり、春宮四の御柱を先頭に、細いくねくね道を曳行する山出しが行われているはずです。
私たちは一番最初の春宮四の木落しを見る予定で、9時前に家を出ました。下諏訪に近づくにつれ法被姿の人を見かけるようになり、町の家々もヒラヒラした飾りが張られていいたりしてお祭りムードです。車は思いがけず木落し坂に一番近いところが空いていて、ラッキー!!9時50分に春宮に入 り、右横の小さな木落し坂(建て御柱の時はここを御柱を落とす)を上り、御柱街道をひたすら木落し坂に向かって歩きます。皆さんもくもくと歩いています。
今日は胸に上社のだけど御柱の木で作ったお守り下げて、瓢箪型の水筒を腰に下げて、少しは御柱に参加気分を出して来ました。木落し坂に近づくと露店も沢山出ていて、大きなお肉の下がった「ケバブ」屋さんの前は素通りできず買ってしまいました。

あーあ背中にはおにぎりや唐揚げ、ちぎりパンが入っているのに・・・・  お肉切らせて!!
ミックスソースのケバブを頬張りながら木落し坂へ。坂の近くで偶然ご近所さんとばったり。下諏訪の駅からずっと歩いて来たそうです。私たちは春宮からでも寄り道しながらとは言え木落し坂まで40分かかりました。まだ桟敷席もいっぱい空いていますが、そちらは見向きもせず木落し坂の上を目指します。歩いていると自然にある会社の敷地へ入ってしまい、そこには木落し坂に近道な鉄の階段があり、通行料(片道)100円をはらうと通らせてくれます。そこを抜けると本当に直ぐに木落し坂の上でした。まだ御柱が着 いていないので、木落坂をのぞかせてくれます。先日も見ていますが、今は下の方には桟敷席が作られ、沢山の人や櫓が見えると、これから始まる木落しの緊張感を肌で感じます。さてどこで見ることができるかな?
規制が厳しく、前々回のように木落し坂にはいる事は出来ません。仕方なく木落坂上 部の土手のような所に人がいるのを見つけ、そこへと向かいました。ここだと落とし口近くで、臨場感もたっぷり味わえます。でも坂の下部が木の陰で見えません。当たりを見回しても、ここしか良い場所は取れそうになく、ここに決定。でも急斜面に立つので、ずるずると滑って立っているのも座っているのも大変です。それでもここの人達は楽しく親切で、少しずつ詰めてくれたので、落ち着いて座れる位置に着くことができました。下 からはお巡りさんがロープからはみ出ないか、立って危険なことはしないか見ています。チョット離れたところではロープから出たために、お巡りさんに中へと引き戻されています。こちらもチラと見ますが、ちゃんとロープの中なのでおとがめなしで元の配置位置まで戻っていきまいた。時間が迫ってくると何回も上がってきては「木落が始まっても決して立ち上がらないでください」と言いに来ます。すると私たちの場所は声を揃えて「はーい」といいお返事をします。だからお巡りさんもニコニコ。でも本当はチョット悪さをしていてごめんなさい。m(_ _)m
11時22分旗隊が落とし口に到着。30分頃からは氏子さんが縄を曳きながらと言うより、急坂なので縄につかまりながら、ぶら下がりながら、転びながら次々降りてきます。

綱は氏子さんの所はまだ細く、御柱の近くになると太くなります。そしていよいよ御柱 の先頭が木落し坂に現れたのは12時15分です。アーでも残念。写真を撮ると、前の電線がいいところを邪魔します。
御柱の上で何人かの人が交代で渾身の木遣りを歌い、ラッパ隊やかけ声でいよいよ気合いが入ってきます。下社は上社のような派手なパフォーマンスは少ないように思います。

さていよいよ木落のために、御柱を坂の上にせり出させます。かけ声と共に綱を曳いて調整します。追いかけ綱がピーンと張るまで、何度も何度も曳いては様子を見ます。後でこの時のうしろ綱と斧係の様子をテレビで見たのですが、斧係が何度も何度も綱の張り具合を見ていました。(前回の御柱の時はこの綱切りの様子を見ました。)


赤旗が白旗に代わり、御柱の上に立っていた人も座って、しっかりと木落の体勢を整えます。13時にあわせたように綱は切られ、御柱は木落坂を見事に下っていきました。これもテレビで見たのですが、この御柱のうしろ綱は斧の一振りで見事に切られました。御柱は100mを10秒で落ちたそうです。春宮四は一番小さいだけにスピード感もあったように思います。

坂の途中から下は木の陰で見られませんでしたが、上部の様子がよく見え、知らない人同士なのに和気藹々と木落しを楽しめたのがとても良かったです。
帰り道は下りなので楽です。美味しかったのでまた「ケバブ」を買ってしまいました。今度はピリ辛ソースで。
         
春宮の横の木落し坂と春宮です。

今度は下社の建て御柱に来る予定です。上社の建て御柱はGWなのでいつも見たことがありません。
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Apr 07, 2010

話題は御柱

 今日はグリーンボランティア。出がけにポチポチと降ってきた雨は、エコーラインまで行くとザンザ降りになり、霧も濃く対向車も近くに来るまで見えない状態です。
それでも病院に着くと7,8人の人が来ていて、庭にある「陽なたぼっこ」の中でおしゃべりしていました。外は気温も低く、雨も降って作業が出来る状態ではありません。
「陽なたぼっこ」は患者さんが風や雨を避けて、ゆっくりと庭を眺められる様にと、ボランティアの男性陣で建てた、ガラス窓で囲まれた木造の東屋です。普段、私たちが使うことは余りありませんが、今日のような時はとても便利です。
 今日の話題は勿論御柱。私とMさんは小淵沢で御柱の地域ではありませんが、他の方はみんな茅野、諏訪地域に住んでいます。でもほとんどよそから諏訪に移ってきた方々ですが、やはり御柱祭には燃えているようです。ひとしきりこの話題で盛り上がり、その後、今後予定を話し早めのランチ。なんだか今日は食べるために来たみたいです。(笑)
 院長先生が院長室からこちらを見ていらっしゃいます。私たちが手を振り、手招きをすると、冷たい雨の中半袖の白衣のまま「陽なたぼっこ」にいらして、一緒にランチを召し上がりました。
今日はこれで解散でした。

Apr 04, 2010

上社 本宮四の御柱 川越し

 前宮三の川越しを見ているだけで寒くなり、夕方になるにつれて冷たい風が強くなってきました。
でも前宮三の川越しは余りいいところでは見られなかったので、次はいい場所で見たい気もします。
それで帰る人が出てくる道を、こちらは入っていい場所を確保。前宮三の御柱がやっと対岸に上がると直ぐに本宮四の旗が川を越えます。本宮四の川越しの始まりです。でも色々な仕掛けが好きな本宮四の川越しはなかなか始まりません。待つ間、何度も帰ろうかとの思いましたた、やはり心残りになりそうで、また思いとどまるのでした。川に飛び込んだり、木遣りがあったり、バケツに水を汲んだり・・・その度に周りがざわめき、あの水を何に使うのだろうとみんなが想像します。
         
 やっと御柱が立ち上がり、落とし口にまでやって来たのは旗が渡ってから50分後でした。一体どんな仕掛けをしたのでしょう?
  
ここでも赤旗はまだ川越しをしませんよの印です。川向こうの氏子さんと、川に入っている男衆とで合図に従い少しずつ曳いて、向きや体勢を整えます。ドンドン先端が川にせり出してきます。
川越しの体勢が整うと、木遣りもラッパも気合いが入り、川岸にセットされた花火に点火されました。(沢山のバケツに水が汲まれたとき、私はきっと花火だと思っていました。)
      
夕闇迫る中、川面に映るオレンジの花火と青い衣装が闇に浮かび立つようです。これもみな計算された演出でしょうか。次には「本宮四」の文字花火にも点火。煙の中からオレンジ色に「本宮四」とネオンサインのように浮かび上がってきました。


    
ラッパ隊も川の中から声援です。川の中の男衆も水を掛け合い気合いが入ってきます。そして・・・・・
    
最後はメドデコの先から後へと、ナイアガラの滝のように花火が続きます。両川岸びっしりの観客からも歓声が上がり、会場は寒さっも忘れ熱気ムンムンとしてきます。
   
綱を曳く男衆も水をかけて、いよいよの川越しに気合いを入れています。そして左の写真にある赤旗が、右の写真では下ろされています。さー力を合わせて御柱を曳いて川越しです。
        
   御柱の後がせり上がって来ました。           御柱先端が着水

                   メドデコも着水して前に大きく傾いています。

   御柱の最後尾も徐々に川の中に入るにつれ、メドデコも立ち直り進みます。。
    
この水しぶきを見るだけでも、どれほどの力で曳いているか分かります。メドデコの上では、おんべを振ってもうすぐ対岸へ。
見ていても身震いする寒い夕暮れ、こうして無事本宮四の川越しが終わりました。
 この後一番最後の前宮四の川越しがあります。夜になろうとも、決まった日程で移動します。寒さに負けて帰ってきましたが、後で他の方のブログを見てとても後悔しました。真っ暗な中で、明かりを頼りの川越しを見てくれば良かった。
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上社 前宮三の御柱 川越し

  先ほど木落しした御柱は、これから宮川を渡って御柱屋敷まで行って、次の里曳きの時を待ちます。
木落し坂からはJRのガードなど細い道を行きますので、途中でメドデコを外したりして曳行されますので、宮川に向かう私たちは、途中で本宮四の御柱も追い越すことになります。途中には子どもラッパ隊が屋根の上で演奏中。
 
 宮川では前宮三の御柱が川越ししようとしているときでした。川岸の両側も、橋の上も人でいっぱいです。主人は背が高いので写真も撮れるようですが、私は前の人の帽子ばかり入って撮れません。次を見ればいいと思い、後でいじけてはじまるまでお好み焼きを頬張っていました。
前宮三の法被は艶やかな赤と黄色の染め分けです。冷たい風が吹く川岸ですが、埋め尽くされた観客と、艶やかな法被姿に宮川が燃えているようです。
いよいよ人が渡り始めます。何とふんどし姿もあり、寒そうなそぶりも見せません。凄い!!旗や御輿みたいなものが川を越え、御柱が川へと引き出されます。

川岸の向こうでは氏子さん達が綱を曳き、御柱に近い太い綱は男衆が川の中で曳きます。

やがて川に落とせるところまで頭が出ると、それまで赤だった旗が白旗に変わります。

      旗を替えるところ                  白旗になりました
いよいよ川に落とします。以前は川越しの時も後のメドデコに人が乗ったのですが、前回の時に川に落ちた途端に後が跳ね上がって人が飛んだため、今回からは乗らないそうです。

   後のメドデコも上がってきました               着水しました

  水しぶきを上げてメドデコも川の中へ             完全に川に落ちました

この御柱はここから岸に上げるのにとても大変でした。やっと岸に上がった頃には、次の本宮四の御柱が対岸に。 
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上社 前宮四の御柱 木落し

 本宮四の御柱が川越しへと向かうと、直ぐに坂の上に前宮四の旗が現れ、13時20分ごろから、曳行してきた氏子さん達がすべたっり、転んだりしながら坂を下りてきました。そして13時45分ぐらいにはメドデコも見え、木落し坂も賑やかになりました。私たちの目の前がJRの線路ですから、時折中央線の普通電車やあずさが横切って いきます。電車の中からもきっと見ていることでしょう。横で見ている方が、昔はJRのガードがなかったので、御柱が渡るときは、電車(当時は蒸気機関車かな?)をかなり長いことでも停めていたそうです。
木落し前の儀式も、その地域ごと趣向が違い、前宮四では松明が出てきて賑やかになりました。金銀のテープが飛び出し、いよいよ木落しの時です。

            
 14時32分ごろ、落ちるか落ちないかのギリギリの所まで御柱が出て、ピーンと張った追いかけ綱が切られ、御柱がゆっくりと坂を落ち始めます。落ち始めると、後のメドデコも高く上がり、やがて御柱が坂に沿い、木落し坂を一気に下っていきます。

  ギリギリで留まっている。           落ち始めた御柱。後が高く上がってきます。   

メドデコが傾き、命綱を預かる人も必死です。   それ以上傾くことなく坂を下って行きます。
              
 一番最後の前宮四の御柱は、上手に坂を下り、拍手喝采。見事に有終の美を飾り、高らかにおんべを振りながら宮川へ。
   

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Apr 02, 2010

御柱祭 上社 山出し

 朝は激しい雨。10時過ぎから行く予定でしたが、ちょっとでる勇気がありません。お昼近くに段々明るくなってきました。3時にお客様の送迎があるのですが、少しの時間でもといってしまいました。
原村に近づくと、やはりこちらはまだ雲が多いようです。道も濡れていて、御柱を曳いた跡もドロドロです。
車を停めて御柱街道まで歩いていくと、最初に出会ったのは前宮四の御柱でした。朝からの雨で御柱を曳く人もラッパ隊も皆さんもドロドロです。

雨も上がり、畑から蒸気が立ち、その向こうに見える御柱は一層勇壮です。


御柱の前と後に角のように出ているのはメドデコ」(穴に差し込んだテコの意味)です。上社の御柱だけについています。

 やっとこの御柱の前に出ると。お昼時間なので直ぐに皆さん休憩に入ってしまい、私たちは車で裏道を更に下り柳澤の信号を目指しました。ここでは前宮 二の御柱が休憩していました。私たちも焼きそばを買って腹ごしらえ。太鼓が鳴り始め、いよいよ出発のようで、本当に焼きそばを押し込んだという感じです。
氏子さん達も次々と綱に戻り、小綱を手にして曳行の再開を待っています。曳いても良いといわれたので、私も濡れた小綱を手にして曳く時を待ちます。
出発の前には必ず木遣りが入り、私の横で高らかに歌い始めました。いよいよです。
ここは下りで、濡れているので良く滑り、動き始めると思いの外早かったのです。前回は動くまでがとても大変だったように記憶しているのですが。

    
                               さて私はどこにいるでしょう? 

       
メドデコの先に命綱をつないで両側から引っ張ることで、左右のバランスをコントロールします。メドデコに乗って、大きく左右に揺られながらも、片手で「おんべ」を振るのは「メド若衆」の晴れ舞台です。
御柱は曳く人、てこ隊、メドデコに乗る人だけでなく、命綱をあずかる人、後からブレキーをかける人など、写真をみると多くの人の力によって曳行されていくことがよく分かります。そして高らかに響き渡る木遣りには、長い隊列に号令をかける意味があり、これで心を一つにしないと御柱はびくともしません。            

「おんべ」の向こうにはまだ真っ白な北アルプスが見えていました。

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Mar 30, 2010

本宮 一の御柱

 朝通りかかったときに、黄色の法被姿の人達が沢山御柱に向かっていました。気になっていたので、講習の帰りに寄ってみると、『本宮 一』の御柱にはメドデコがついていました。残念なことに、今し方メドデコにのっての練習もあったようです。今はそれが終わって、またメドデコを外している最中でした。
ロープでメドデコをひっぱてバランスをとっている人、中の方で数人の人がかけ声にあわせて体当たりのように何かを打ち付けています。人が多くて中の方まで見えません。でもやがてかけ声と共に体当たりしていた人達が中から出てきました。なにやら太い木から両側に持ち手の出たものを、重そうにかけ声と共に運んでします。これは『ムカデ木槌』と言うそうです。なるほどムカデのように取っ手が出ています。巨大なものを木槌で打つ時に、このムカデ木槌で何人もの力で体当たりするそうです。なーるほど。


 太い縄も男綱、女綱などと名札がかかって、沢山準備されていま す。これでい曳いて、4月2日の朝一番にこの御柱は出発です。
近くにはフランクフルトや焼きそばの屋台も準備されていたり、他の御柱の近くにはテントが立っていたり、準備は着々と整っています。
昨日の『本宮 二』の御柱も見に行きました。今日も4,5人の人で手直ししているようですが、昨日根藤でお化粧していた大事な大きな輪はできていました。

上方では御山が、御柱の行方を見守っています。
♪御小屋山の樅の木は 里へ下りて神になる♪が近づいています。

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Mar 29, 2010

上社の御柱は今?

 昨日からの雪は、またあたり一面を冬景色へと引きずり戻しましました。でも今朝は晴れていたので、上社の御柱の様子を見てこようと原村に向かうと、道路は雪だし、空もどんよりとした雲が広がって、また雪がちらほら降ってきました。
 「御柱出発の地:綱置場」には道路沿いに転々と御柱がおかれています。下社の皮を剥いた御柱と違って、みんな皮付きのままです。

「本宮 二」の御柱の所には、法被を着た人達が集まって、なにやら作業を始めています。一昨日から作業が終わらず、今日は仕上げとか。御柱の先頭に元綱を付ける大きな頑丈な輪を作り(これは御柱の穴の中を通して左右からのものが中央の同じ穴を抜けて、また左右に分かれて、左右の輪になっている)それを 根藤(地面に這っている藤の根を掘ってきたもの。原村だけは藤蔓を使っているが、他は蔓不足で根を使う)を巻いてお化粧しているらしい。今日は平日で、余り見物人もいないので、近づけるし、皆さん親切に説明もしてくださる。
この「本宮 二」の御柱は富士見町本郷・境・落合が担当です。長野県の一番山梨よりで、小淵沢とはお隣同士。そんなことからお話ししていても、何となく親近感が湧いてきます。写真も快く撮らせていただきました。

 根藤の芯を抜き、叩いて柔らかくする。今の時代、御柱を人力で山から曳くだでけも驚きなのに、簡単に手に入る材料も沢山あるのに、この様なものまで山のものを採集し、人の手で使いやすく加工する。すべて昔からのやり方を継承しているのでしょう。

           大きな輪の周りを柔らかくした根藤を巻いてお化粧です。

 雪がちらつく寒い中、それでも皆さん力を合わせて楽しそうに御柱作りに励んでい ます。そこへバスで団体さんが、この様子を見学に。皆さん、撫でたりさすったり・・・御利益がありますように・・・かな?
そういう私も、「これでお守りを作ると良いよ」と言われ、この「本宮 二」のもみの木(樹齢240年)の木片を燃やされる前に頂きました。お守りになるくらいの大きさのものを選ん で、サンドペーパーで磨いて、本宮で御朱印を押していただくそうです。御柱祭の安全を祈願して、今日作業している皆さんの胸には、この木で作ったお守りがすでに下げられていました。


 しばしお邪魔した後、更に御柱街道を下ってくると、一番下は一番目に出発する「本宮 一」の御柱がおいてありました。流石一番大きなもみの木です。9トンあるそうです。
ここでは赤ちゃんを抱いたファミリーや色々な方が記念撮影。まだ加工されていない御柱は31日に作業するそうです。今日聞いたところでは、上社の御柱はすべて皮付きのまま木落し、川越えをして、御柱屋敷にて里曳きまでに皮を剥くそうです。皮付きの御柱は抵抗もあって、曳くのも大変そうですね。
今日は雪降る中の御柱レポートでしたが、色々なお話しが聞けて楽しかったです。
詳しい曳行・木落とし・建て御柱の日程と2010年御柱紀行が続きます
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Mar 17, 2010

上社 木落坂の今

 ボランティアの帰りに、上社の木落坂を通りかかりました。こちらは坂が整備され、立派な「御柱追いかけ綱固定柱」が立っており、その向こうにまだ真っ白な北アルプスが見えました。追いかけ綱固定柱とは、木落坂に向かってどんどん御柱が前に出たときに、心の準備が無く、いきなり落ちたら大変です。ですからここに追いかけ綱を固定しておき落ちないように引っ張っておくのです。そしていよ いよ落とせる体勢になったときに合図が出て、追いかけ綱を斧で一気に切って落とすのです。これも一気に切れないと御柱がスムーズに落ちずにけが人が出たり大変です。下社のこの場面です。木落坂を斜度27度の木落し坂を上から眺めると、うっすらと草が生えていてゲレンデのようです。ちょっと整備され過ぎにも感じます。
JRの線路の向こうに高い桟敷席が急ピッチで作られています。その右側には上川がゆったりとカーブを描きながら流れています。川越しをするのはこの川ではありません。この木落し坂を下りた御柱は、JRの狭いガードをくぐり、その日の内に宮川を川越しして、御柱屋敷までたどり着きます。昔はここから宮川やお宮が見渡せたそうですが、今は住宅でどこだかよく分かりません。

        桟敷席                       木落し坂と上川

            後ろからは蓼科山が木落し坂を見守っているようです。

 まだ綱置場まで運ばれていない上社の御柱ですが、21日にそこまで運ばれてきて、31日に綱置場で引き綱を付ける穴とか、メドテコの取り付け穴を開け、皮をむき体裁を調える作業をするそうです。そして4月2日、3日に分けて御柱は出発します。
♪御小屋山の樅の木は 里へ下りて神になる♪なるまでは大変な作業です。
もっと詳しい曳行・木落とし・建て御柱の日程と2010年御柱紀行が続きます
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